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Yesterday Today Tomorrow〜昨日 今日 そして明日へ・・・

直井里予とその仲間たちが日々出会ったもの・ことを綴るブログ

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「わからないという場所」

「わからないときにすぐにわかろうとしないで、わからないという場所に我慢してふんばって考え続けなければならない・・・」(保坂和志「カンバセーション・ピース」)

『OUR LIFE 2』の企画書のようなものを書いているのだけれど、前になかなか進まない。企画書通りに進むことはいつだってないのだけれど。。それでも本から抜き出した言葉を反芻しながら構想を練る。

ー 国民はイメージとして心の中に想像されたものである。
ー 国民は限られたものとして、また主権的なものとして想像される。そして、たとえ現実には不平等と搾取があるにせよ、国民は常に水平的な深い同士愛として心に思い描かれる。この想像力の産物のために、過去2世紀にわたり数百万の人々が、殺し合い、あるいは自らすすんで死んでいったのである。
(「想像の共同体」~ナショナリズムの期限の流行/ベネディクト・アンダーソン)

― なぜ、いかにして民族集団が紛争の主体となるのか、なにをめぐって国家と争うのか。
― なぜ、民族集団というシンボルが、人びとを操作するうえで適しているのだろうか。人間は何かに所属し、アイディンディーをいだき、それゆえに何かを排除しなければならない存在である(アーネスト・ゲルナー)。(中略)とくに「敵」によって被った過去の苦難に関する集合的記憶が喚起され、操作された場合、敵と戦うための動員力は強力になる。
― 「伝統」は、連綿と継続しているものではなく、むしろ選択的に利用され、操作されるものである。
― 民族集団は紛争の原因なのではなく、むしろ紛争の過程で構築、操作され、その結果として浮上してくるのである。また、紛争は当事者とされるふたつの民族集団だけの関数なのでなく、国家、社会経済的階層、国際関係といった要因を考慮にいれてはじめて説明可能になると考える。したがって、ある武力紛争を民族紛争と呼ぶこと自体が、おおきな誤解を生む可能性をはらんでいるのである。
(「未開の戦争、現代の戦争」栗本英世)

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「柔らかな精神ください~」
って、満月にお願いしてもダメかな。笑
明日の皆既月食は。。。

≪ Tammy's Treatsホーム2011年上映イベント情報 ① ≫

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chestpass

Author:chestpass
直井里予(なおいりよ)
1970年生まれ。博士(地域研究)/映像作家。京都大学東南アジア研究所機関研究員(2015年4月〜)。龍谷大学非常勤講師(2016年4月〜)。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士後期課程修了。1998年からアジアプレスに参加し、ドキュメンタリー映画『昨日 今日 そして明日へ 』(2005)や『OUR LIFE』(2010)などを制作。2011年から京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科に編入学し、『昨日 今日 そして明日へ2(第一部 アンナの道 ・完全版、第二部 いのちを紡ぐ) 』(2013)を製作。現在、ビルマ難民映画『OUR LIFE 2~夢の終わり(仮)』と『バンコク物語(仮)』を制作中。書籍に『アンナの道~HIVとともにタイに生きる』(岩波書店)がある。
Contact: info@riporipo.com

→公式ホームページ

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